| 本尊:薬師如来薬師如来薬師如来(本所一つ目寅薬師) |
| 脇侍:日天菩薩 月天菩薩 |
| 大日如来 |
| 弘法大師 |
| 魚藍観音(立像 総丈6尺余) |
| 大黒天 |
| 奪衣婆(だつえば)・葬頭河(しょうずか)のお婆さん |
| 屋外安置石仏 延命地蔵 弘法大師 |
| 大徳院の本尊は薬師如来です。他に日天・月天の両菩薩が脇侍としています。これを薬師三尊と言います。ですから大徳院の本尊は薬師三尊です。このお薬師様は俗に<本所一つ目の寅薬師>と言われ、特に眼病治癒に霊験あらたかであると信仰されています。 薬師如来は古来より病気平癒の仏様として庶民の厚い信仰を受けてきました。十二の大願を発揮して、人々の健康で平安でありたいという願を叶え、国家の安穏を見つめてきました。大徳院の開創が徳川家康の発願によるものであったことを思えば、当寺の本尊が薬師如来であるのは頷けます。つまり大徳院の本尊が薬師如来であるのは理由があります。 徳川家康は天文11年(1542年)12月26日三河の岡崎で誕生、竹千代といいました。年は<壬(みずのえ)の寅(とら)>、誕生は<寅の刻>です。そのとき三河の鳳来寺の薬師十二神将の<寅の神>が忽然と消えたと言われています。翌12年2月生母於大の方は三河の妙心寺に竹千代君の長生を祈念して、薬師如来一体を納めています。以来、東照神君大権現・徳川家康の本地仏は薬師如来であり、また寅薬師もここから生まれました。家康はことのほか自身の健康には気を使い、庶民一人一人の健康が国家の安寧と繁栄につながるという、あの徳川300年の平安と繁栄を築いた基には、薬師如来への信仰があったのです。それはまた三歳にして離別させられた若き生母、於大の方えの限りない思慕の念でもあったのです。 このようなことから、家康公の開創になる大徳院の本尊は薬師如来なのです。 |
| 参考文献: |
| ○家康公と全国の東照宮 泰平と激動の時代を結ぶ東照宮巡り 高橋晴俊 東京美術 |
| ○家康公 中村考也 全国東照宮連合会 |
